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桜井市にある

美味しいお豆腐屋さんがあると聞き調べたら実家から歩いても10分掛からない距離。
御大師さんの井戸があるところを右に曲がってすぐと父に聞き行って来ました。
ドアを開けようとしたのですが、開かず、通りかかった金融関係の方が、今日は休みですよ~~~~と
声かけしてくださいました。


そのまま三輪まで歩いたのですが、
40年以上ぶりに歩いた道は変わりすぎで、結構遠回りして三輪にある今西酒造さんへ到着でした。

尚、井戸の由来は

①磯城郡城島村の粟殿の井
 城島《しきしま》村粟殿《おうどの》、奈良街道の東側に、周囲二間半、深さ五尺位の泉がある。良い清水が滾々として尽きず、曽て涸れたことがない。昔、弘法大師が、こゝに廻って来て、ひどく渇を覚えたが、生憎、水が無かったので。錫杖のさきで地上に輪郭をかいて、里人に掘らせたのが此井だと云う。現在、其傍には神様が祀ってある。(米田理八)
 又、別の傳へでは、大師が廻って来た時、お布施をすると、大師は大に喜び、此村で、一番不自由な者は何か、と聞いた。
 「ハイ、水の不足には、村中難渋して居ります。」
と答えると、それではと云うので、一夜の中に掘ってくれたのが此井だと云う。
 (小島千夫也)
(②)磯城郡城島村粟殿の井
 昔、粟殿で、婆さんが大根ひきをして居る所へ、弘法大師が廻って来て、のどが乾いたから、大根を一本くれと云った。婆さんは、のどが乾いたのなら、川の水でも飲めと云って、大根をやらなかった。是から粟殿で出来る大根は、皆細くて苦くなり、大師が水を飲んだ所からは、清らかな水が湧出した。後に村人が、其所に井を堀り、傍にお大師さんを祀った。今も村の大半は此水に頼り、殊に夏には遠方からも汲みに来て居る。(西久保奈良石)

編者曰、①と②とは、同一場所の事か、又は別の場所の事か、明瞭を欠くが、今は姑く報告のまゝを載せておきます